こんにちは、ルレムラ(@luremura)です。
「誰だって人の話を聞くよりも自分の話を聞いてほしい」シリーズ第四弾です。
前回の「会話泥棒」の話はこちら。
自分があまり幸せを感じられてないときって、人の幸せがやたらまぶしく映りませんか?
そして、うまくいっている人の話を聞いてしまって、自分と比べて落ちこんでしまったり、あるいは嫉妬心に駆られて、そんな自分に驚いたり…。
今回は、そんな「大好きな友人に嫉妬心を抱いた」のお話です。
今回は、相手だけでなく、私の「自分の話を聞いてほしい」が強めです
不幸があり、あまり幸せでないと感じていたころ
まずはいきさつから。2018年11月のことですが、私は念願だった宇多田ヒカルのライブに行けることになっていました。
が、このときにですね、ちょうど身内に不幸が起こります。
なんともタイミング悪く、ライブの日がお通夜とお葬式と重なってしまいましてね。泣く泣くキャンセルするに至ったのでした。
当時のTwitterの様子。
わ、わ!宇多田ヒカルのチケット当たったよ…!
めちゃめちゃ嬉しい!! pic.twitter.com/IkfVERkXp7— ルレムラ@高知県在住Webライター (@luremura) 2018年7月20日
からの、
Queen映画の熱も冷めやらぬ中ですが、今日身内に不幸があって、念願だった宇多田ヒカルのライブが消えてしまいました…
こんなことって一生に一度やないかな。
あるんやな…
こんなことって本当にあるんやな…
チケット、バス、ホテルと、キャンセルしないと…(´;ω;`)
— ルレムラ@高知県在住Webライター (@luremura) 2018年11月10日
さて、この亡くなった身内に対して、私の中で深い後悔が残りました。
正確には、「『きっと深い後悔が残る』とわかっていたにもかかわらず、何もしなかったことに対する申し訳ない気持ち」です。
しかも念願だったアーティストのライブと、そんな身内のお通夜とお葬式が重なってしまい、言葉にできない思いが生まれました。(決して、うらみではありませんのであしからず。)
「あまり幸福を感じていない」日常への不幸せ感の下地
身内の不幸、ライブのキャンセルと、さらに私には、Webライターの仕事があまり成功していないことから生まれる、「あまり幸福を感じていない」日常への不幸せ感への下地がありました。
なので、「数年に何回あるかわからない大きな幸福を、取り逃がしてしまった感」を強く感じたのですね。
宇多田のライブに当たったとき、「日頃のさほど幸福を感じていない感を、ライブで挽回できる」!と思っていたくらいでしたから。
結局、私はこのときの気持ちの整理のつけかたとして、
宇多田ヒカルは存命だし、私もまだ生きているのだから、またいつかライブに行ける可能性がある
と思うことにしたのです。フレディの例がありますし。
しかしながら、そうは整理できても、「『さほど幸福を感じていない』感が上塗りされた感」は拭えず、残ったままになりました。
この件があった数日後、とある友人とカフェで会うことになります。
普段からよく話をする友人(嫉妬を抱いてしまった友人)と会うことに
ここで、私が嫉妬を抱いてしまった友人の登場です。名を「りんごさん(仮名)」とします。(理由は椎名林檎が好きだから)
りんごさんの特徴を羅列するとこんな感じ。
- よくいえばおおらか、悪くいえば鈍感
- よく変な男性に好かれる
- よく変なトラブルに巻き込まれる
- 問題のある人とでも付き合える(しかし、いつの間にか利用されていることが多い)
- 明るい
- よくしゃべる
- 辛抱強い
- ムードメイカー
- 体力がある
- 純粋
- アーティスト肌
- 優しい
- 短気な人からよく怒られる
このりんごさん、一言で言うと、「周囲に自分の結界を張っていないために、変な人まで無意識に集めてしまう」人です。
皮肉なことに、結界を張っていないがために、私のような神経質な人間でも付き合えるのが、このりんごさんの魅力なのです。
さてりんごさん、気付けば30年近く前から知っている友人でして、会えば長時間話をするほどの仲。
私の数少ない友人の中で、「最も私の話をちゃんと聞いてくれる人」なのです。
この日、りんごさんには事の経緯をLINEで伝えており、カフェで会うことにしました。
友人には事前に事の経緯を伝えていたが…
りんごさんは、身内が亡くなる前から、身内のことで話を聞いてもらってましたし、宇多田ヒカルのライブに行く話もしておりました。
で、今回の件についていざカフェでお話をするとなったとき、今まで話を聞いてもらっていたことや、ある程度の気持ちの整理もついていたので、「もう(気遣わなくて)大丈夫だよ」と伝えたのですね。
しかし、このとき私が嫉妬を抱いてしまったのが、友人の「幸せな話」だったのです。
友人の幸せ話を聞いて、はじめて嫉妬してしまった瞬間
私はこのとき、りんごさんに「今回の件はひとまず大丈夫。りんごさんの方は最近大丈夫?」と近況を尋ねます。
というのも、りんごさんは仕事に恋にと、変動の時期にあったからです。
ちなみに、りんごさんには凡人には想像もつかないような、斜め上の出来事がよく起こります。
その斜め上の出来事を話してくれるのが、りんごさんと私との通例行事になっているのですね。
で、その日、りんごさんから聞いた仕事と恋の話は、完全に順調状態だったのです。
想っていた人と両想いになった。どこそこのお店に二人で行った
上司のこういうところに困っていたけど、要望をハッキリ伝えられた
など、この日、長時間にわたって話してくれたのです。
りんごさんの幸せ話を、一方的に聞くことになった私。
このとき、次第に私の中でこんな思いが湧き起こっていました。
- 一応、不幸があった人が目の前にいるのだから、ちょっと話の内容に気遣ってほしい
- 自分の不幸感が増しているときって、身近な人の幸せ話ってつらい
- 無意識の「私の話、聞いて」ってこんなにしんどいのか
私は、こんな自分の感情に驚いていました。
私は基本、友人の幸せを祝福することに、何の抵抗もありませんし、むしろ嬉しいと感じるほう。
ところが!ところがですよ…
そんな自分が一番仲のいい(と思っている)友人の幸せ話に嫌な感情を持つなんて…!
はじめてのことでショックを受ける私。
いや、もしかすると今までにも友人にそんな感情を持ったことはあったのかもしれないのですが、ここまでハッキリと認識したのは、はじめてのことでした。
さらにこのとき自分でも良くなかったと思ったのが、
「私がこんな感情を持ったことを気付かせてはいけない」と、考えたのに加え、「どんな話なんだろう?」と、好奇心でさらにりんごさんの話を促してしまったこと。
結局この日私は、りんごさんの幸せな話に耳を傾け続けて、モヤモヤした気持ちのまま帰路についたのでした。
本当は、友人に「『さほど幸福を感じていない』感が上塗りされた感」を聞いてもらいたかった
私は、この件の後、本当はりんごさんに何を聞いてもらいたかったのだろうとあらためて考えました。
それは私の「『さほど幸福を感じていない』感が上塗りされた感」でした。
「日頃から埋めきれていない、慢性的な私の心の穴」「日頃の足りていない感を挽回できるチャンスを失った私の愚痴」だったのです。
もちろん、「そんな愚痴をグチグチと話しても意味がない」とわかっているのですが、話をしていて、不意に心の水面下から顔を出すことがある。
意識しているのではなく、無意識に。
そんなとき、私は「他人に話を聞いてもらいたいんだな」と感じます。
不幸せ感がつのっているときに、友人の幸せ話に耳を傾けることになった私。
「さほど幸福を感じていない」感が、上塗りされていると、「好きな友人にも嫉妬してしまうんだな」と、身をもって知ったのでした。
結論「幸福感が低いときに友人の幸せ話は聞くな。さもなくば嫉妬する可能性がある」
今回の友人のりんごさんの件で分かったのは、
「幸福感が低いとき、幸せな人の話を聞くのはしんどい」
「自分が話を聞くのが嫌だと感じているときは、相手に伝えないといけない」
「どんなに大事な友人でも、嫉妬心を抱くことがある」
でした。
「女の友情は脆い」の意味が、ちょっとわかってしまった…。
さて、友人りんごさんへの複雑な気持ち、私が現在どんな対処をしているのかも、次回お伝えしていきたいと思います!
次の「友人への嫉妬の対処方法」はこちら。
www.lure-tashoku.net
しかし、後日こうなった…↓
「誰だって人の話を聞くよりも自分の話を聞いてほしい」シリーズはこちら。
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